湯婆に名前を盗られるところだったby千尋
いやぁ、タイは現金至上主義。金があれば何でもできるし、金があればどんな人格であろうともえらいのである。
命は金で買えない。
それは日本でしか通用しないことなのね。実際、車の保険は対人より対物の方が限度額が高い。人より物の方が高いのね。
こんなところにしばらくいたもんだから、俺はなんか大事なものを失っていたなって。自分を見失っていたなって、気がついた。
金で買うことのできない、俺だけの人生を歩みたい。
なんか、毎日毎日時間に縛られて生活して、意味もなく苛々して怒鳴り散らす日本人たちを前にして、心が壊れかけてた。湯婆に名前を盗られるところだったby千尋だよ。流されてたなぁ。
なんで怒らなきゃいけないのか。なんで無理して笑わなければならないのか。なんでアホ面提げた息の臭いおっさんにネチネチ言われなきゃならないのか。それができなければサラリーマンじゃないのなら、俺には無理だ。サラリーマンってクレイジーになる仕事だと思った。
結婚をするってなったとき、彼女にいい生活をさせてあげたいと思った。子どものやりたいことをさせてあげたいと思った。
でも、やっぱり俺は俺を捨てられない。俺が窮した気持ちで家にいたら、金はあっても幸せじゃないでしょう? 本末転倒じゃない?
豊かさと幸福は決してイコールにはならない。さだまさしの「解夏」のサクラサクにこんな言葉があった。ああ、と頭をガッツ〜ンって殴られた感じがした。
自分を失ってたんだなぁ。
気をつけなければいけないね。流されてはいけないね。
これでしばらくは迷わないかな。ちょっと心に余裕が出てきた。子どもが生まれる前でよかった。生まれてからじゃあ、それこそ落ち込んでる暇がなくて、悪循環に陥ってたかもしれないし。
金持ちには一生なれないだろう。毎日毎日金がない金がないって言ってるかもしれない。それでもいい。自分を失くすよりずっといいじゃないか。
そんなことを彼女にも伝えた。
そしたら、
「ゲフッ」
って。げっぷだよ。
「チッ」
って久しぶり本気の舌打ちが出た。