バンコクとタイ家族のこととくだらない話と

タイ在住歴20年のライター・高田胤臣の個人的なブログ

国王が崩御して

 長い間入退院を繰り返し、今年に入ってからは特に健康面で危ないニュースが流れていたタイの国王が、13日、崩御された。当日はちょうどパタヤから戻ってくるときで、夕方の段階でタイ人の間で崩御のニュースが拡散された。これは公務員あるいは政治家に先に送られた情報が民間に出てしまった結果だ。正式発表は同日の夜19時の放送だった。
 当日にしても翌日にしても、実にタイは日常的であった。黒い服を着る人が多く、BTS車内のTV広告が取りやめになっていたりする以外は、臨時休業する店や企業の方が圧倒的に少なくて、本当に普通の日でしかなかった。昭和天皇崩御したときは俺は11歳で、記憶ははっきりしているものではないけど、もっと暗いイメージがあったと思う。少なくとも天皇に関する番組ばかりをテレビは放映し、バラエティー番組なんてなんにもやってなくて、レンタルビデオを観ていたような。タイはもっと静かな雰囲気になるのかと思ったら、逆になにも起こらなかった。
 13日の深夜には王位継承は皇太子ということが決まったようで、一部で囁かれていたほかの王位継承権保有者と争うのではないかということもあったが、結局、なにも起こらなかったし、皇太子も国民感情に配慮する形で即位はまだ先になりそうだ。
 14日は打ち合わせがあり、そのあと運河ボートで王宮の方に行ってみようとしたが、伊勢丹前で断念した。というのは、ちょうど国王の棺がシリラート病院から出る時間に近く、タイ人が最後のお別れにと王宮周辺に殺到。その人々が運河ボートを使うもんだから、乗船率が100%を余裕で超えていた。車ならともかく、船でこの客数は多すぎだし。恐くなって降りた。
 それで、ちょうど伊勢丹の前の大型ビジョンで音声はないものの、シリラート病院などのライブ中継があり、それを観た。車列が現れると周辺ですすり泣く声が聞こえた。伊勢丹(あるいはセントラル・ワールド館内かも)の館内では棺の車列が病院を出たことと王を讃える言葉が放送された。
 道端ではちゃっかり黒い服を売る店も多く、商魂のたくましさを感じさせる。少なくとも商活動は崩御された日から今日までなんら変わることなく営まれている。パッポンのゴーゴーバーなども普通に営業しているほどだ。
 日本のニュースではタイの経済活動が停滞し、人々がスーパーなどに買い出しに殺到していたり、殺伐とした雰囲気になっているといった報道があったらしい。でも、実際にはなんにも起きていない。旅行を中止する理由もないし、食事をするのに不便なことも一切ない。驚くくらい、日常的だ。今日見かけたニュースでは、黒服を着ていないだとかで暴動が起きているといったタイトルがあった。プーケット辺りのようだけども、ほかにそんな話はない。日本の震災の「不謹慎」をそのままなぞっているのだろうが、そんなことは俺が知るかぎりの中ではバンコクでは起きていない。
 とりあえず、向こう1ヶ月間はイベントなどは軒並み自粛となるようだが、それ以外では公務員が1年間喪に服すだけで、政府は国民になにかを強制してもいない。とにかく普通の日常で、正直、住んでいる外国人がこんなものなのかと驚いているくらいだ。年末年始にタイ旅行を計画している人は中止は考えなくていいと思う(ただ、現状の話で、この先どうなるかはわからないけど)。
 いい意味でも悪い意味でも、2006年から続く政情不安で、タイ人や在住外国人はこういった悲しい出来事に慣れてしまったのかもしれない。平均寿命が74歳くらいのタイ人なので、ほとんどのタイ人が国王の崩御を初めて体験した(プーミポンアドゥンヤデート国王は今年の6月で即位70年だった)。混乱があってもよさそうなものだったが、2006年から年に1回はなにかが起こっていたので、2014年の現状最後のクーデターでは国民は疲弊して、完全に受け入れた状態になり、今の軍政が続いている。国王陛下が12月で89歳を迎えることをタイ人は当たり前のように信じていたけれどもこういった事態になり、しかし、悲しみを心に秘めながら、あくまでも混乱は起きていない。むしろ、この機会にタイ人の心はひとつにまとまったかもしれないと感じるほどだ。
 近日、俺も王宮の方に行ってみようかなと思っている。