バンコクとタイ家族のこととくだらない話と

タイ在住歴20年のライター・高田胤臣の個人的なブログ

テレビと会議と取材と

 9チャンネルの日曜日、午後3時くらいから「チャン・ラック・ムアンタイ(私はタイが大好きです)」という番組があって、それに出てほしいと前取材があった。
 一応、今週の日曜日にやっているやつを見たけど、1時間近くある番組で、そのときの回はヨーロッパのどっかの国の白人家族で、おばあちゃんが移住してきてもう20年くらい。でかい家に住んでいて、踊りを披露したりとかしてた。
 おいおい、俺がそんなさわやかなのに出られるわけがなかろう。
 だいたい、アムがテレビに出たがらないし、取材とか書いているところを撮られるのも困るし、制約が多すぎる。つまりはレスキューやっているところしか撮れない。そんなんで1時間ももつかいな。
 で、一応ラチャダーで前取材に応じたけど、なんか来た女の子もなに考えているんだかわからん。おすすめのレストランとかそういうのを訊いてくるのよ。で、仕事はなにしているんだっていうから物書きで、ガイドブックの仕事とか雑誌の仕事とかって。どんなこと書いているんだって言うから、食事と遊ぶところと麻薬と女のことって答えたら引いてた。当たり前だ。なにかタイでやりたいこととかありますかって訊かれた。ないです。報徳堂と書くことくらいで、もうやっているし。
 これ、完璧にボツだな。







 その後、打ち合わせに。
 書く仕事っていうのは地味で静かなもんなので、家で仕事しているとなんか「俺大丈夫かな」なんて思ってしまうが、打ち合わせとか、楽しいね。
 前の会社にいたときは土日とか休みの日、あと17時半以降に客と会社の人からの電話が鳴らないようにセットしてたもんだけど、金にはなかなかならないが、好きな仕事をしているとそういううしろ向きな行動を取らないようになって、精神的にもいいものだ。







 夜は取材を兼ねてYさんと飯。タニヤのうおむらで。
 さしで飲むのは何年ぶりだろうか。取材で誘ったくせに、奢ってもらっちゃった。あ〜ざす。
 そのあと、一緒にラベンダーに行った。Yさんもちょうどお気に入りがいるということで。行く前に勘吉の話をしたんだが、店に入って勘吉の眉毛について触れたりして、正直、参った。それは本人がいないところでの話。
 店に入ったときに、団体が入ってて、なんと勘吉にも客がついてた。Yさんの女の子もその団体と座ってたから、じゃあ、よそ行こうか、って話してたら、勘吉が走ってきて会計しているからちょっと待て、と。そのとき、ひな壇あたりの照明が全開になっていたわけで、その下で勘吉見たら、まあ、ブサイクだったなあ。
 あ、明るいで思い出した。
 Yさんをタニヤプラザ前で待ってて。そのとき17時半くらいかな。呼び込みの兄ちゃんとか全然俺に気がつかないの。知ってる嬢も数人通ったけど、やっぱり声をかけてくれない。明るいところで見たことがないから俺だってわからないのかな。それとも、いつも酔っ払っているから顔が違うとか。
 あとさあ。
 焼肉あろい、なんなの? 飯食ってタニヤに繰り出したときに積極的に来るじゃない? その時間に焼肉行く奴はそういないし、よく考えろよといつも頭に来る。で、こんな夕方に歩いているのに、誰も声かけてこないんだぜ! 今だろ、誘うのは! ホント、なんなの?
 タニヤプラザで思い出したけど、泰文堂にDACOの6月20日号がまだ残ってた。ワンデイトリップの記事を書かせてもらっておりやす。アランヤプラテートに行った話。