バンコクとタイ家族のこととくだらない話と

タイ在住歴20年のライター・高田胤臣の個人的なブログ

あれから10年か

 昨日、東北の地震から10年が経ったんだな。早いもんだな。タイにいるとつい忘れてしまうけど、さらにその前の日の3月10日は東京大空襲の日だし。

 2011年3月11日はギリ会社員をしていたな。もう辞表を出していて、ほとんど会社に行っていなかった。なにせ、有休申請を意味不明な理由で断られたのがきっかけで辞表を出しているくらいだからな。消化しようということで、勝手に行かないという感じにしていた。

 でも、あの日はたまたま朝から出てたんだよなあ。日本時間14時台だったよね、確か。あの日はなにか仕事をしていて、午前中に名古屋支店とかといろいろやり取りしていた。ところが、昼を境に連絡が取れなくなった。タイ時間でちょうど昼休憩の時間だからね。オレなんかわざわざ10分くらい歩いて定食屋に行って、そこでマンガを読んで13時過ぎに店を出てくるってことをしていたから、かなりのんびりめに帰ってきた。

 電話しても携帯で電話しても通じないし、メールも全然来なくなった。でも、それ以前にときどき海底ケーブルが切断されて、東南アジアと日本のメールが全然届かなくなるってことが数回あったから、そんなことなんだろうなと。

 それで夕方になってどこか行ったのかなんなのか。帰ってきて、エレベーターホールで待っているときに、上に吊るされたテレビを観ていたら、津波の映像があって、どこだろうって思ってみてた。それで、事務所に入るときに、ふと電話が通じない、メールが届かない、そして津波の映像が重なってきて、慌ててネットでニュースを見たら大地震で大騒ぎ、と。

 事務所の何人かは地震があったことを知っていたけど、そこまで深刻だとは思ってなかったみたい。オレだってニュース検索しても実感がなかったしな。だいたいさ、その翌日だったか翌々日くらいに後輩が日本出張が入っていて。会議があるから、と。でも、今行ったって邪魔なだけだし、会議なんかやるわけがない。だから、オレは行くなって言ったんだけども、後輩は特に指示がないから行くだけ行ってみる、だって。会社員ってこういう風にならないと続かないんだろうな。で、その数時間後に海外支店からの日本出張禁止が言い渡された。遅いんだよ。

 とにかくすごいことが起こってたなあ。そして、オレはそこにいなかったので、今でも実感はないけど。あのときに日本人の価値観が大きく揺らいだのではないかね。そして、10年経った今は世界中の価値観が変わる事態になっているし。次の10年後はいったいなにが起きていることやら。